スピッツファンサイト 鳥になっちゃう部屋

スピッツ 創作テキスト

猫になりたい

気がつくと、僕は君の外に居た。
自室のパソコンデスクに座って、キーボードに突っ伏していた。
僕はハッとして飛び起き、頬に触れた。
幸い、キーボードの跡はついていなかった。
夢うつつでも、そういうところは案外しっかりしているものだ。
「ミャア。」
いつのまにデスクに登ったのか、飼い猫のミーコが寝ぼけ眼の僕を舐め始めた。
「なんだ、夢オチかよ…。」
ミーコを撫でながら、僕は急に自分が情けなくなった。 甘い夢を見ていた。
君の中に居る夢だった。
君はひたすら僕の腕にしがみついて、爪を立てたまま…。
少しだけ、痛かった。
次々と襲ってくる、悲しいような、懐かしいような、不思議なカンカク。
夢の夢。
そこは、どこかで見たことのあるような、あたたかい浜辺の町だった。
ああ、君が居る。
出会った頃と何ひとつ変わらない笑顔で。
ほら、僕に向かって、手を振っている…。
「ずっとここに居たい。こうしていたい。」
耳元で、かすかに聞こえた。
聞こえた気がした。
そう囁いたのは、君だったのか、僕だったのか…。

「クシュッ。」
ふいにミーコがクシャミをした。
あ、そうか。
そういえばさっきからずっと、エアコンをつけたままだったんだ。
窓の外は真夏だというのに、部屋の中は季節がまるで違う。
「やれやれ。」
…と、効きすぎたエアコンを消しに立ち、僕は改めてあたりを見渡した。
君の姿は無かった。
探したところで、どこにも居るはずないのだけれど。
僕はなんだかおかしくなって、ミーコを抱きしめると、ひとり笑った。
久しぶりの休日。
白く儚い昼下がりだった。
「まったく。」
すっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲みながら、僕は君がくれた絵ハガキを眺めた。
ああ、そうだ、この景色だ。
夢の中の夢に出てきた、遠い異国の風景。
その鮮やかな青空の下で、君が眩しそうに笑っている。
パソコンの画面には、読みかけだった君からのメールがずっと映っている。
”カゼひいてない?”
…だって。
僕はなんだか申し訳ないような気持ちになって、また少しだけ、笑った。
心地よい痛み。
夢の中で感じたその痛みだけが、今も僕を支配していた。
かすかに聞こえたはずの、夢うつつの囁きはもう消えてしまっていたけれど。
僕の膝の上で、ミーコは毛繕いをしている。
「お前はいいね。何も知らなくて。」
「ミャーウ。」

ため息をこぼしても、今はひぐらしの声にかき消されるだけ。
生ぬるい、切なさ。
僕はうーんと背伸びをして、ミーコと一緒にベランダへ出てみた。
眩しすぎる日差しに、一瞬クラッとなったけれど。
そのステレオグラムのようになったまぶたには、君が宿ったような気がした。
遠い空の下の君はきっと、あの絵ハガキと同じ笑顔をしているのだろう。
僕は再び目を閉じた。
「好き」なんて言葉じゃ足りない。
「愛してる」なんて言葉じゃ語り尽くせない。
君が居れば、せめて僕の手の届く場所に居れば、傷つけることだってできるのに。
もっと、もっと、傷つけて、深く傷つけて。
君のすべてを汚してやりたい。

「さぁ、早く返事を書かなくちゃ。」
鮮やかに照らし出された僕の腕には、君の爪痕がくっきりと残っているのが見えた。

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